アフィニトール 乳がん(BC) 口内炎について
はじめに
国立がん研究センター中央病院歯科
上野尚雄先生監修
臨床現場でアフィニトールを使用されている先生方から、しばしば口内炎のトラブルについてのお話が寄せられてきます。口内炎は患者さんのQOLを著しく低下させるだけでなく、治療の継続にも影響を及ぼします。
アフィニトールによる口内炎は、特に治療開始早期に好発します。患者さんには治療開始前に歯科を受診いただき、衛生状態をはじめ口腔内の環境を整えていただくことが、症状の発現および重症化を抑制するために大切です。また、アフィニトールによる治療期間中は口腔内をしっかりと観察し、口腔内の状態および口内炎の重症度を正しく評価いただいた上で、その重症度に応じた適切な対症療法を行うことが、対応の基本となります。
一般的な殺細胞性の抗がん剤による粘膜炎と、mTOR阻害薬による口内炎/粘膜炎では、粘膜炎の発症機序が異なり、その現れ方もそれぞれ若干の特徴があります〔アフィニトールによる口内炎/粘膜炎は、正式には mTOR inhibitor-associated stomatitis(mIAS)と表現されています〕。ここでは、まず一般的な殺細胞性の抗がん剤による口腔粘膜炎について、重症度を正しく評価するための方法、ポイントを述べさせていただいた上で、アフィニトールによる口内炎/粘膜炎の特徴やグレード別の対処方法などについてご提示いたします。また口内炎のリスク管理に重要な医科と歯科の連携に役立つ情報もまとめました。ご紹介する内容が、口腔ケアを治療の一部として取り入れるきっかけとなり、アフィニトールによる治療を安全で円滑にすすめるための一助となれば幸いです。
口腔粘膜炎のグレーディングの考え方
Oral Supportive Care for Cancer Committee.:
がん治療における口腔支持療法のためのOSC3口腔粘膜炎評価マニュアル. 2015より引用
口腔粘膜炎の重症度スケール
口腔粘膜炎の管理で最も重要なことは、口腔内をしっかりと観察しアセスメントすることです。粘膜の変化を遅滞なく発見し対応に反映すること、それが抗がん剤の粘膜毒性であることを正確に識別すること、行われている粘膜炎の管理が有効な介入であるか評価すること、これらのアセスメントにより、適切な口腔粘膜炎への対応が可能となります。
現在、口腔粘膜炎の重症度評価はCTCAEを用いることが一般的ですが、平成21年に改訂された最新版のCTCAE v4.0では、疼痛と経口摂取の可否(v3.0での機能/症状)のみで評価するため、評価の誤差・バラツキの減少は期待できるものの、対応のための臨床情報としては不足しがちです。
CTCAE v3.0は、口腔粘膜炎の重症度評価を、第三者の観察による客観的診察所見と、患者さんの自覚症状を反映する機能所見の2つの評価軸で行うため、一定の評価をするためには習熟が必要ですが、適切なアセスメントにはv4.0よりも有効であると思われます(表1)。ここではCTCAE v3.0での評価のポイントをご説明したいと思います。
表1 CTCAE v3.0とv4.0のGrade定義
有害事象共通用語規準v3.0 日本語訳JCOG/JSCO版
[日本癌治療学会誌 9(Suppl. 2), 1, 2004 / JCOG Webサイト http://www.jcog.jp/]
有害事象共通用語規準v4.0 日本語訳JCOG版[JCOG Web サイトhttp://www.jcog.jp/]より引用
口腔粘膜炎のフローチャート
Gradeは有害事象の重症度に応じて、0~5の6段階に分かれます。
口腔粘膜炎の項目にも、重症度を反映した所見が記載されています。簡略化すると図1のようなフローチャートとなります。
しかし、口腔粘膜炎の判定に難渋する場面も多いため、今回は副規準を各重症度(医学的に何がなされるべきか)にあわせて定義し、グレーディングの補助となるよう考慮しました。
図1 CTCAE v3.0による口腔粘膜炎の重症度
Oral Supportive Care for Cancer Committee.:
がん治療における口腔支持療法のためのOSC3口腔粘膜炎評価マニュアル. 2015より引用
Nearest Matchの原則
「観察された有害事象が複数のGradeの定義に該当するような場合には、総合的に判断してもっとも近いGradeに分類する」
例えば、軽度の粘膜炎などは診察時にGr.1なのかGr.2なのか判断に苦慮することがあります。どちらが正解/不正解という問題ではありませんが、この場合は今後さらに症状が増悪してくることが予想される場合は、この時点で一つ高いGrade判定をすることで、早い段階からより効果的な治療的介入が可能となります。何がなされるべきかの医学的判断に基づいてグレーディングしてください。
口腔粘膜炎のグレーディング
表2 CTCAE v3.0による口腔粘膜炎の重症度評価
有害事象共通用語基準V3.0日本語訳 JCOG/JSCO版 - 2004年10月27日
Common Terminology Criteria for Adverse Events v3.0 (CTCAE v3.0)
CTCAE v3.0による口腔粘膜炎の副規準
Grade 1 粘膜の紅斑
粘膜の発赤、浮腫様変化 ただし、びらん・潰瘍の形成を伴わない
Grade 2 斑状潰瘍または偽膜
斑状で限局的、1個の大きさは30mm未満
限局的とは複数の亜部位をまたがない範囲
複数の亜部位にそれぞれ腫瘍があっても、各部分ごとに散発する場合はGr.2とする
Grade 3 癒合した潰瘍・偽膜/わずかな外傷で出血
30mm以上の広範囲に拡がるもの
複数の亜部位にまたがり拡がるもの(硬口蓋~軟口蓋、舌の左側~右側まで、など)
Grade 4 組織壊死/顕著な自然出血
口腔内全体に拡がる潰瘍・偽膜
潰瘍面からの持続した出血
広範囲にみとめるコアグラ様痂皮(表面乾燥等による痂皮の剥がれに伴う出血は除外)
Grade 1
図2 Grade 1の口腔粘膜炎
Grade 1の特徴
発赤や粘膜の蒼白化・白色化、浮腫様変化など、粘膜に何らかの変化が起こり始めていますが、まだびらん・潰瘍の形成までは生じていない状態。
口腔内はわずかな症状(少ししみる、違和感がある)がある程度で痛みなどはなく、経口摂取には影響が出ていません。
しかし、この粘膜の初期変化を見逃さないことが、以後の対応が後手に回らないためにとても重要です。
Grade 1への対応
口腔内の清潔保持
セルフケア指導
ブラッシングの励行
口腔内保湿
含嗽の励行
Oral Supportive Care for Cancer Committee.:
がん治療における口腔支持療法のためのOSC3口腔粘膜炎評価マニュアル. 2015より引用
Grade 2
図3 Grade 2の口腔粘膜炎
Grade 2の特徴
上皮のひ薄化・剥落が生じた結果、粘膜上皮が欠損し、粘膜固有層が露出した状態。
口腔内には痛みがあり、経口摂取にも支障が出始めていますが、食事形態の工夫などで、なんとか食べることができます。
この段階では、適切な口腔管理によって疼痛を緩和し、感染が起こらないように制御します。口腔粘膜炎を重症化(Gr.2→Gr.3)させないことが重要です。
Grade 2への対応
口腔内の清潔保持の継続
口腔内の状態に合わせたセルフケア方法の指導
医療者による口腔ケアの介入
口腔内保湿
軟膏・含嗽、保湿剤の励行
疼痛緩和
経口鎮痛薬の使用
・アセトアミノフェン
・NSAIDs
・短時間作用型オピオイド
局所麻酔薬の使用
・含嗽薬
・軟膏
Oral Supportive Care for Cancer Committee.:
がん治療における口腔支持療法のためのOSC3口腔粘膜炎評価マニュアル. 2015より引用
Grade 3
図4 Grade 3の口腔粘膜炎
Grade 3の特徴
口腔粘膜炎がさらに進行し、潰瘍が広い範囲に拡大した状態。わずかな刺激で容易に出血します。接触痛や嚥下時熱が強いため、経口摂取がほぼ困難となります。
疼痛緩和に注力し、敗血症などの全身感染が起こらないように局所制御を継続します。
Grade 3への対応
口腔内の清潔保持の継続
医療者による口腔ケアの介入
含嗽の励行
疼痛緩和の徹底
鎮痛薬
・アセトアミノフェン
・NSAIDs
・長時間作用型オピオイド
・レスキュードーズの併用
局所麻酔薬の使用
栄養管理
PEG(胃瘻)や経鼻胃管の使用
Oral Supportive Care for Cancer Committee.:
がん治療における口腔支持療法のためのOSC3口腔粘膜炎評価マニュアル. 2015より引用
Grade 4
図5 Grade 4の口腔粘膜炎
Grade 4の特徴
口腔粘膜炎が悪化、範囲拡大して重症化し、組織壊死、顕著な自然出血をきたし、生命を脅かす状態。
抗がん治療は中止し、有害事象に対して積極的な治療を行うことが求められます。
Grade 4への対応
抗がん治療の中止
有害事象への積極的な治療
口腔内の清潔保持の継続
医療者による口腔ケアの介入
敗血症(全身感染症)の予防
疼痛緩和
オピオイド持続静注の使用
栄養管理
PEG(胃瘻)や経鼻胃管の使用
中心静脈栄養の使用
Oral Supportive Care for Cancer Committee.:
がん治療における口腔支持療法のためのOSC3口腔粘膜炎評価マニュアル. 2015より引用
アフィニトールの口腔粘膜炎について
日本人を含む第Ⅲ相国際共同臨床試験(BOLERO-2試験)では、アフィニトール投与群の482例中311例(64.5%)に口腔粘膜炎の発現が認められました。多くはGrade 1~2であり、Grade 3/4は39例(8.1%)に認められました。発現時期は、投与1~28日目までの発現率が51.7%と、投与初期に多く発現する傾向がみられました(図6)。
図6 口腔粘膜炎の発現時期
アフィニトールⓇ適正使用ガイド 腎細胞癌_神経内分泌腫瘍_乳癌編(2022年12月改訂)より作成
薬剤の使用にあたっては電子添文をご参照ください。電子添文・適正使用ガイドはこちらから
下記フローチャート(図7)を参考に、症状に応じてアフィニトールを休薬または減量し、対症療法(表3)を行うなど、適切な処置を行ってください。
図7 口腔粘膜炎のGrade別の対応
表3 口腔ケア対処例
監修:上野尚雄先生(国立がん研究センター中央病院 歯科 医長)
参考:重篤副作用疾患別対応マニュアル、抗がん剤による口内炎(厚生労働省、平成21年5月)
【コラム】口腔粘膜の治療に関するガイドラインと注目されている漢方薬について 口腔粘膜炎に対する治療戦略は、さまざまな国際学会・専門団体がエビデンスに基づいた対応を提示しています。どのガイドラインも対応の一つとしていわゆる「口腔ケア」を推奨していますが、それ以外にも粘膜炎の予防・治療にあたってのさまざまな対応の有効性が議論されています。 がん支持療法の国際学会である Multinational Association of Supportive Care in Cancer (MASCC)/ International Society of Oral Oncology (ISOO) の一部会である粘膜障害研究グループも、口腔粘膜炎の臨床ガイドラインを作成しています。 http://www.mascc.org/mucositis-guidelines ぜひ参考にしていただければと存じます。 また、最近口腔粘膜炎対策として漢方薬である「半夏瀉心湯」の有効性が注目されています。粘膜炎の疼痛緩和や治癒促進といった臨床上の効果のみならず、基礎研究も進んでおり、半夏瀉心湯を構成する7つの生薬すべての粘膜炎への作用機序も明らかになってきています。今後のさらなる研究が待たれます(半夏瀉心湯の処方は、口内炎への保険適応があります)。 |
国立がん研究センター中央病院での取り組み
口腔粘膜炎をはじめ、がん治療による口腔合併症は治療開始前からの予防的な対応が重要です。がん治療の開始前に口腔内の環境を整えて、良好な状態でがん治療に臨んでもらうことで、そのリスク緩和を図ります。当院では、口腔合併症の発症が強く懸念されるがん治療を行う患者さんは、がん治療が始まる前に歯科を受診し、それぞれのリスクに応じた予防的な口腔管理を受けていただくことを推奨しています。
また当院では、全国のがん病院で医科と歯科の連携が進んでいくことを支援するために、がん病院と地域の歯科医院と連携し、地域全体で患者さんの口腔を支えていく取り組みを厚生労働省、日本歯科医師会と共同して推進しています。がん患者さんが安心して地域の歯科を受診できるよう、厚生労働省の委託で作成された標準的ながん医科歯科連携のための講習テキスト(国立がん研究センターがん対策情報センターがん情報サービス)を用いた歯科医師向けの連携講習会が全国で開催されています。この受講者は「がん連携歯科医院」として登録され、各地域でがん医科歯科連携の受け皿となっています。
医科と歯科が連携し、がん患者さんが「口から自然な形でおいしく食べる」ことを支援することは、より良いがん治療に欠かせないものの一つになりつつあると考えています。
<がん連携歯科医院とは>
厚生労働省の委託事業として、日本歯科医師会の主催によりがん治療前の口腔管理指導やがん治療中の口腔合併症の対応について学ぶ、がん医科歯科連携講習会が全国で開催されています。がん連携歯科医院とは、同講習会を受講した上で、がん連携への協力を同意いただいた、がん治療を安全に受けるための支援としての歯科治療や口腔ケアについての知識を習得した歯科医師、歯科衛生士のいる歯科医院です。
本コンテンツはOral Supportice Care for Cancer Committee(OSC3)により作成された「がん治療における口腔支持療法のためのOSC3口腔粘膜炎評価マニュアル」を参考に作成いたしました。OSC3は、がん専門病院内でがん治療時の有害事象に対応する「がん支持療法」に従事する歯科医師を中心としたグループです。