アフィニトール 結節性硬化症(TSC)
監修:大野耕策 先生(鳥取大学名誉教授) |
総論
結節性硬化症の特徴
結節性硬化症(Tuberous Sclerosis Complex:TSC)は、全身性に過誤腫病変や様々な症状が認められる常染色体優性遺伝性疾患で、プリングル(Pringle)病とも呼ばれます(図1)。厚生労働省の難治性疾患克服研究事業(臨床調査研究分野)の対象疾患に指定されています。
古くは、精神遅滞、てんかん発作、顔面の血管線維腫が結節性硬化症の三主徴とされましたが、検査技術の進歩にともない三主徴すべてを満たす患者が多くの割合を占めるわけではないことが判明してきたことから、これら三主徴が必ずしも高頻度あるいは特異的なものではないと考えられるようになりました。
また、結節性硬化症は症状の現れ方や重症度に個人差が大きく、年齢期によっても現れる症状が異なることが特徴です。
結節性硬化症の原因遺伝子による発現機序
結節性硬化症は、原因遺伝子である TSC1遺伝子またはTSC2遺伝子の変異により発病することが明らかになっています(図2)。TSC1蛋白質またはTSC2蛋白質は脳、腎臓、肺など多くの臓器および組織に広範に発現しているため、これらが変異することによりmTOR活性が上昇し、細胞増殖亢進による全身性に過誤腫病変や様々な症状が認められると考えられています。
また、原因遺伝子(TSC1遺伝子またはTSC2遺伝子)が明らかになったとはいえ、遺伝子診断によるTSC遺伝子変異の検出率は75~90%であり4)、遺伝子変異の検出されない症例も認められています。そのため、TSC遺伝子変異の有無や遺伝子型を根拠とする確定診断が完全ではなく、遺伝子検査で原因遺伝子が見つからない場合でも、結節性硬化症はいくつかの症状を組み合わせて診断されます。
診断の変遷
現在の結節性硬化症の診断基準は、1988年にGomezによって提示された診断基準が原型になっています。その診断基準では、症状が層別化され、特異性に応じて重み付けがされている複雑なものであったため、Gomez基準を簡素化し、結節性硬化症および分子遺伝学的研究から最新の知見を反映して改訂された診断基準(修正Gomez基準)が提唱されました(表1)1)。
その後、2012年の第2回TSC Clinical consensus Conferenceにおいて新規診断基準が批准され、臨床診断として大症状と小症状に追加修正が加えられたほか、臨床診断以外に遺伝学的診断も加えられました2)5)。
なお、日本皮膚科学会が提唱する結節性硬化症の診断基準(表2)4)も、2012年の新規診断基準を遵守したものです。
現在の診断基準では、結節性硬化症は、全身に認められる様々な症状を組み合わせて確定診断がなされています。診断基準の詳細はこちらよりご覧下さい。
結節性硬化症の原因遺伝子として、TSC1遺伝子またはTSC2遺伝子が同定されていますが、結節性硬化症患者の10~15%の症例では、遺伝子検査で変異が検出できないことが報告されています。検出できない理由としては、変異を検出する方法の問題、プロモーター領域やイントロンの変異、モザイクの存在があげられます。
最近、TSC1遺伝子とTSC2遺伝子のモザイクの報告があることから、遺伝子検査や遺伝的な説明に際しては、体細胞および生殖細胞におけるモザイクの存在についても念頭に置く必要があります。詳細はこちらよりご覧ください。
表1 従来の結節性硬化症の診断基準(修正Gomez基準)1)
Definitive TSC:TSCであることが確実
*1 大脳皮質結節と放射状大脳白質神経細胞移動線の両症状を同時に認める場合は1つと考える。
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Roach ES, et al. J Child Neurol 1998; 13: 624-628
診断基準
結節性硬化症の診断に用いられる基準2)では、①大症状(結節性硬化症に特異性が高い症状)と、②小症状(結節性硬化症に特異性が低い症状)の組み合わせにより結節性硬化症の診断がなされています。診断基準の詳細はこちらよりご覧下さい。
結節性硬化症の確定診断には、同じ器官系に同じタイプの複数の病変が認められるよりも、むしろ2つ以上の異なる病変が必要とされます。
例えば、大症状である腎血管筋脂肪腫(腎AML)のみでは、結節性硬化症が疑われる「Possible TSC」ですが、確定診断には至りません。
結節性硬化症の確定診断には、大症状が2つ、または大症状が1つと小症状が2つ認められることが必要となります。
表2 結節性硬化症の新規診断基準4)
A 遺伝子検査での診断基準
小症状
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検査とモニタリング
結節性硬化症は、TSC遺伝子の変異が原因で、mTOR活性の制御機能が利かなくなり、全身性の様々な症状を呈しますが、その出現症状は年齢期によって異なり、さらに症状の重症度も多様であることから、経過観察中に必要な検査も多岐にわたります。
すなわち、各症状にはCT、MRI、眼底検査などの画像検査をはじめ、必要に応じた各種検査が用いられます(表3)。症状が確認された場合には各科専門医に相談することはもちろんですが、モニタリングの段階からの連携も重要です。
表3 結節性硬化症の症状に対する診断時の検査 / 検査項目3)
症状 | 検査 | 目的・対象など |
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SEGA等の脳腫瘍 | CTまたはMRI | ・確定診断 ・SEGAの疑い |
てんかん | EEG*1 | ・てんかん発作の検査 |
皮膚 | Wood灯検査*2 | ・初期診断時 ※白斑は暗室で検出しやすくUV下で最もよくみえる |
眼 | 眼底検査 | ・確定診断 |
心臓 | 心エコー検査 | ・小児の確定診断 ・心横紋筋腫の疑いのある場合 |
ECG*3 | ・初回診断時、不整脈 | |
肺 | 胸部CT | ・無症候性の成人女性:診断時 ・肺LAMの症状がある女性:6~12ヵ月ごと |
肺機能検査 | ・肺LAMの症状がある女性:6~12ヵ月ごと | |
腎臓 | 腎臓超音波検査 | ・新たに診断された小児 ・年長児・成人:1~3年ごと |
腎機能検査 | ・多発性嚢胞腎の小児 ・広範囲の腎障害がある成人 |
LAM:リンパ脈管筋腫症、SEGA:上衣下巨細胞性星細胞腫
*1 EGG(electroencephalogram):脳波
*2 Wood灯(ブラックライト)は365nmの長波長紫外線であり、色素低下と色素脱失の鑑別に役立つことがある
(白斑の色素脱失はアイボリーホワイトの蛍光を発するが、色素低下性病変ではそのような蛍光を出さない)。
*3 ECG(electrocardiogram):心電図
治療
現在、結節性硬化症の根治的治療はなく、治療は個々の症状への対症療法がおこなわれています。対症療法は外科的処置が中心ですが、薬物療法では2012年よりmTOR阻害剤アフィニトール®(一般名 エベロリムス)が使用可能で、2019年8月より承認事項一部変更承認を取得して、効能又は効果が「結節性硬化症に伴う腎血管筋脂肪腫」及び「結節性硬化症に伴う上衣下巨細胞性星細胞腫」から「結節性硬化症」として使用可能となりました。アフィニトール®の有効性、安全性については、こちらをご覧ください。 また、2014年以降はmTOR阻害剤シロリムスがリンパ脈管筋腫症(シロリムス錠)や、結節性硬化症に伴う皮膚病変(シロリムス外用ゲル剤)に使用可能となったほか、2016年には点頭てんかんに対しビガバトリンが承認を得ています。
参考文献
1) Roach ES, et al. J Child Neurol 1998; 13: 624-628
2) Northrup H, et al. Pediatr Neurol 2013; 49: 243–254
3) Yates JR. Eur J Hum Genet 2006; 14: 1065-1073
4) 金田眞理, 他. 日皮会誌 2018; 128: 1-16
5) Krueger DA, et al. Pediatr Neurol 2013; 49:255-265